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意外と知らないピアノ教則本のお話し - バイエル

2011-03-20 : ピアノレッスン
意外と知らないピアノ教則本のお話し - バイエル
ピアノ教則本でよく耳にするバイエルってなんですか?
こんにちは、FUKUON 福田音楽教室
ピアノ講師&音楽療法士の福田りえです。 (*^-^)/


今回は「ピアノ教則本の名前」のことです。ピアノを習いはじめの人にとって、教則本の名前というのは聞き慣れないものがありますよね。


先日も生徒さんのお母さまから……

バイエルとかソナチネとか、人の名前なんですか?


というご質問をいただきましたので、少しピアノ教則本についてのお話しをしてみたいと思います。


ちなみに私のピアノ教室では、レッスンの導入から主に『ともだちピアノ』&『ともだちのーと』を使用しています。イロイロ使ってみたところ、真ん中のドからはじまる教え方がわかりやすいみたいですね。

閉話休題...




『バイエルピアノ教則本』の誕生


まずよく耳にする『バイエル』についてですが、バイエルとはもちろん人の名前なんですよ♪

フェルナンド・バイエル(Ferdinand Beyer)

本名はフェルナンド・バイエル(Ferdinand Beyer)といい、1803年生まれのドイツ人で、作曲家でピアニスト・教育者でもあります。

※最近の研究では1806年生が有力(確定?)みたいです。


日本ではピアノ教則本で有名なバイエルさんですが、世界各国の60曲以上の愛国歌をピアノアレンジした『愛国歌』など、作曲家・編曲家としても成功をおさめているんですよね。


「日本の船乗りの歌(Japanesisches Schifferlied)」なんていう曲もあるそうなんですが、残念なことに、そのほとんどの楽譜は残っていないようです。




さて、おなじみ『バイエルピアノ教則本』ですが、初版は1850年、ベートーヴェンやワーグナー作品の出版で有名な、ドイツに今もあるショット社から出版されました。


本来は『ピアノ奏法入門書(Vorschule im Klavierspiel Op.101)』といいます。


もちろん現代とちがって、出版後すぐに日本に紹介されたわけではありません。当時日本はまだ江戸時代末でしたしね(黒船が1853年来航ですからね)。^^;


日本に『バイエルピアノ教則本』がもたらされるのはもう少し後、文明開化の音が響き渡る明治の世になってからなんです。




海を渡った「音痴」?


明治政府の文部省に伊沢修二さんという方がいました。

伊沢修二

幕末に藩の推薦で大学南校(のちの東京大学)に進学するほどの秀才で、愛知師範学校や東京師範学校の校長なども歴任されているほど。

う〜ん、すごい。^^;


その伊沢修二さん、教育調査のためにアメリカに留学することになります。時に1875年、まだ20代半ばの青年に日本の教育の将来が託されたのでした。


留学先のブリッジウォーター師範学校では、持ち前の秀才ぶりを発揮して優秀な成績だった伊沢修二さん。さすがです。


でもひとつだけ、どーしても苦手なものがあったそうなんです。それが「音楽」、特に「歌」でした。簡単にいうと、伊沢さんは音痴だったんですね。^^;


でもそれは無理もないことでした。


西洋の音階はドレミファソラシの「7音」。それに対して、それまでの日本音階は「ファ」と「シ」がないヨナ抜き音階の「5音」。


当時の日本人とって西洋の歌は、音階が上手くつかめないので、どうしても「音痴」になってしまうんです。


しかし、秀才はあきらめませんでした!



ルーサー・ホワイティング・メーソン

当時のアメリカには、ルーサー・ホワイティング・メーソン(Luther Whiting Mason)という、音楽教育の第一人者ともいうべき先生がご活躍されていました。


特に困難とされていた、低学年の子どもたちに唱歌を教えることで、大変に高い評価を受けている先生だったんです。


そう、歌が苦手だった伊沢修二さんは、留学先の学校からかなり遠いメーソン先生の自宅まで、週末ごとに通いつめて歌唱のレッスンを受けたのです。


そのかいあって見事に音痴を克服し、晴れて日本に帰国しました。(いやいや、もっとたくさんのことも学ばれていますよ。^^)




日本音楽教育の文明開化


1878年、日本に帰国した伊沢修二さんは、文部省の音楽取調掛(おんがくとりしらべがかり)に任命されます。


音楽取調掛というのは文部省所属の音楽教育機関で、のちの東京音楽学校、さらに東京藝術大学音楽学部につながっていく、日本の音楽教育の要(かなめ)みたいなとこなんです。^^


その要職に就任した伊沢修二さんは早速、自分の音楽の師であるメーソン先生を日本に招いたのでした。


来日したメーソン先生は伊沢さんたちと協力し、日本の音楽教育の基礎づくりに奔走尽力され、『小學唱歌集』の編纂にもたずさわりました。


そしてそのとき! メーソン先生は日本に「バイエル」を紹介したのです。


小学唱歌之略図


いかがでしたか?

ドイツのバイエルさんが作ったピアノ教則本は、そのままドイツから日本に伝わったわけではなく、アメリカを経由して明治の日本に紹介されたんですね。

歴史って面白いですよね。


ちなみに伊沢修二さんは、ヤマハの創業者である山葉寅楠(やまは とらくす)さんにも会い、初の国産オルガンの調律の乱れを指摘し、音楽理論も教え、東京音楽学校の校長も務められ、吃音の矯正事業にも力を注がれたということです。


またメーソン先生が来日したときに持参されたアップライトピアノが、今も東京芸術大学に残っているそうですよ。


【関連書籍】

バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)
ミドミドミソミド……。誰もが習う初級ピアノ教則本として、明治以来100年以上、日本人の音楽教育の基礎を担った「バイエル」。でも、その作者の経歴はなぜか誰も知らない。疑問に感じた著者は…(Amazonより引用)


一方『バイエルピアノ教則本』は、日本でこそ広く普及して今も一定の評価がありますが、生まれたドイツでは、いや日本と韓国以外の多くの国ではあまり使われることはないそうです

なんだかちょっと複雑な心境になりますよね〜。



それでは最後にピアノ魔法を…
(〃^∇^)ノ~エイ*・゜゜・*:.。..彡☆
時代を超えて、いろんな教則本から音楽の教えを感じよう♪



では みなさん!
今日も楽しいピアノライフを♪ ・∀・*)ノ
*:゜・*:.。.*.。.:*・・*:.。*・

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